3回連載の最終回です。
Facebookの特徴的な効果について、備忘録がわりにまとめておきます。

<前回の続き>

6.つぶやき許容効果

最後の効果は、私のように、FacebookもTwitterも実名で登録している人間にのみ、発生する効果です。

実名で両者を併用し始めた頃の私(つい2週間前ですが)は、

① Twitterは、「気軽なつぶやき」「日常のとりとめもないことについてのつぶやき」をするツール(脱力系システム)
② Facebookは、リアルな友人とのビジネス的なおつき合いをする場(渾身
系システム)

と、両者を位置づけていました。

しかし、最近、

「逆ではないか」

と思うようになったのです。

① Twitterは、丁寧に言葉を選び、まじめに情報を発信するべき場(渾身系システム)
② Facebookは、親しい仲間に弱みを見せても構わない場(脱力系システム)

ではないか…と、自分の中での両者の評価が逆転してしまったのです。

これは例の「140字字数制限マラソン」つまり現在の「140字の経営学」をスタートしたことにより、Twitterのほうが公式性が高くなり、結果として、Facebookでは、

「Twitterで140字やってきました。疲れました〜 25mプールで潜水してきた気分。こっち(Facebook)で一休み〜」

といった非公式の投稿をするようになったせいかもしれません。

ただ、

「この感覚がけっこうよいのかな」

…と思うようになりました。

現在、私自身、Twitterで1,000人以上の先輩たちをフォローしているのですが、やはり、

「今、ラーメン食べています。とてもおいしい」

といった日常的な情報が圧倒的に多い。
当然です。
これが本来のTwitterです。

逆に、まじめに、丁寧に、言葉を選び、情報を出し続けると、他の先行する会員の方々に対し、結果として

「差別化」

が発生することに気づきました。

まだ少ないのですが、私の発信する「140字の経営学」を加えてくださったTwitter上の「リスト」(ユーザーがつくるセレクトされた目録)を見ると、そこにリストアップされている他のメンバーの情報は、価値ある、まじめな情報を、言葉を選び、つぶやいていることがわかりました。

「なるほど。こうやって、つぶやく人間を選別してくれる方がいるんだな」

これは大きな気づきでした(TwitterもFacebookもまだ手引書の類を読んでいないので、勉強不足なのです)。

話をもとに戻します。

逆に、Facebookは、一見、公式度が高いのですが、よい「友達」に恵まれれば、スーツを脱ぎ、ネクタイをはずし、クールビズくらいのイメージで接しても、皆さん、暖かく迎えてくれます。
気持ちよく「脱力」できます。

もっとも、「ステテコ一丁」のような感覚での発言は、厳に慎むべきでしょうね。
たとえるなら、

「嫁さんの実家のソファで横になるのは許される」

…くらいの立ち位置までは許されるのではないかと思います。
紳士・淑女の集まりですので。

「Twitterでまじめに情報を発信し、Facebookでその裏話を加える」

現在の私は、こんな両立法を採用するに至っています(マイナーな使い方だと思うのですが)。

以上、前編・中編・後編に分けて、Facebookの特異性(特長的な効果)について述べてまいりました。

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